ハリー・スタイルズ『Kiss All the Time. Disco, Occasionally.』徹底レビュー 愉快なほど挑戦的なサウンドと「愛・恍惚・悟り」

· マイナビニュース

村上春樹との対談でも話題を集めたハリー・スタイルズ(Harry Styles)が、 待望の4thアルバム『Kiss All The Time. Disco, Occasionally.』を本日3月6日にリリース。米Rolling Stone誌のアルバムレビューをお届けする。

愉快なほど奇妙で、しばしば愛らしく、一貫して魅惑的なこのアルバムは、中盤を過ぎたあたりで──少なくとも音楽的な意味において──完全に常軌を逸し始める。膨大な量のベース、ゴスペル合唱団、アップテンポでもバラードでも絶えず激しいプレイを見せる勇敢なドラマー、多彩なリズムの仕掛け、アコースティックとエレキの両方のギター、あらゆる種類の音の鼓動や奔流を注ぎ込んだ末に、ハリー・スタイルズは肩をすくめてこう言う。「全部一度にやってみたらどうだい?」。

「Season 2 Weight Loss」は、何かが起動し、プラグが差し込まれ、立ち上がるか、あるいはハウリングしているような電子ノイズで幕を開ける。続いて、クラフトワークのレコードに流れていても違和感のないキーボードが、数秒の静寂の中で響き渡る。次に鳴り響くのは、ドラムンベースを切り刻んだブレイクビーツのようだが、ビートが奇妙な位置で刻まれ続けるため、テンポを牽引するのではなく、そこから逃げ出そうとしているかのようだ。そしてベースが鳴り始めると、それはわずかにズレて聞こえる。まるでコンピューターで3つのタブを開き、それぞれで別の曲を再生しているかのようだ。ハリーは、自分の腕の中にいたかもしれないのに拒み続ける誰かに語りかける。「今なら僕を愛してくれる?」と。彼は本作の中で、手が届かない何かを求めて、この問いを何度も繰り返す。音楽はどんどん高まっていく。遠くで響く合唱を追いかけるカリオペ(蒸気オルガン)のような鍵盤、ドアを打ち破ろうとするかのように打ち鳴らされるドラム。そして、場を清める瞑想の鐘が鳴ったかのように演奏が止まり、ハリーがこう歌う。「時には腰を下ろさなきゃいけないこともある」。教訓が示されると、すべてが再び動き出す。

少し奇妙に聞こえるかもしれないが、実際その通りだ。これもまた、このアルバムが既存のイメージを覆していく、典型的なやり方の一つと言える。ハリーは、2作目『Fine Line』(2019年)と3作目『Harrys House』(2022年)を引っ提げて22カ月間ツアーを行い、2023年7月に全169公演を完走した。彼はその後、音楽を「観客側」として楽しみ、暗闇の中で群衆に紛れ、見知らぬ人たちと一緒に踊り、歌う感覚を再び味わいたいと語っていた。彼とプロデューサーのキッド・ハープーン(前2作の主要コラボレーター)が作り上げた音楽は、その願望を反映している。過去の作品と同様、彼らは定義に頓着せず、あらゆる境界線を消し去っている。ロックとポップ、生楽器とシンセ、作り込まれた曲とジャムセッション、本物と虚構。それらはあらゆる種類の「自由」に基づいている。セクシュアリティの自由はもちろんのこと、歴史に縛られず過去の遺産を自由に漁る「ブラウザ的」な喜びもそこにはある。

『Kiss All the Time. Disco, Occasionally.』は、これまでの作品よりも感覚的で、スター性に依存していない。ハリーの歌声は時にトラックの二の次になり、フィルターをかけられたりミックスの中に沈み込んだりしている。キャッチーなフックは随所に散りばめられているが、それらもまた、音響的にも官能的にもダーティな低周波の響きやグルーヴ、揺らぎに主役を譲ることがある。これは「意味」よりも「存在」に、「エゴ」よりも「体験」に重きを置いた音楽なのだ。

ハリーが追求した「愛・恍惚・悟り」

本作は4曲の紛れもないバンガーで幕を開ける。トランス的な「Aperture」、8ビットのビデオゲームから引用したような低音が響く「American Girls」、シック(Chic)風のベースラインに、DJが2台のターンテーブルで同じ曲をわずかに位相をずらして回しているような飛行機の風切音を合わせた「Ready, Steady, Go!」、そして、LCDサウンドシステムとスターゲイトがリアーナのために手がけたシンセポップの両方を彷彿とさせる2010年代の雰囲気漂う「Are You Listening Yet?」。さらに、ドラァグ・ボール文化を想起させ、「Respect your mother!」という合唱が響く、80年代シンセ全開の「Dance No More」もある。

それでも、ミラーボールが輝くアルバムジャケットとは裏腹に、本作は厳密にはハリーの「ダンスアルバム」ではない。「The Waiting Game」や「Carlas Song」は、ディスコの服を着たポップソングだ。ハリーが単独で書いた「Coming Up Roses」は、ダンスフロアを離れ、街へ繰り出した夜の、二日酔いの中でまどろむようなバラードだ。ここでは39名編成のオーケストラが、単なるストリングス・セクションというよりは一つのバンドのように機能している。

また、ハリーは60年代的なメロディの古典主義を捨てたわけではない。「Paint by Numbers」では、アコースティックギターをかき鳴らし、フレンチホルンとメロトロン風のキーボードが支える中、ポップアイドルとしての自身の光と影を吟味する。「注目されるのはなんて素晴らしいギフトなんだろう、でも僕自身とは何の関係もない」と彼は歌う。「誰かが頭の中にイメージを作り上げて、そこから抜け出せなくなるのは少し複雑だ」。このテーマは、エレクトロな跳ねるリズムと冷ややかなロココ調のシンセ・メロディに乗せた「Pop」でも再び扱われている。この曲は、音楽、絶頂、ドラッグ、あるいはそのすべてについての曲かもしれない。ハリーは昼間の静脈注射や巻紙の不足に言及した後、こう歌う。「これが僕なんだ/膝をついて/潔癖なファンタジー/これはポップであるべきなんだ」

本作の大部分において、ハリー・スタイルズは探求者だ。悟り、恍惚、愛、あるいは光を見出そうとし、あるいは提供しようとしている。アルバムは、光を招き入れることを歌う「Aperture」で始まり、最後に収められた「Carlas Song」で幕を閉じる。そこでは、彼は他人の目の中に光を見出すのではなく、その目が捉える「黄金」の中に光を見出す。まるで、彼がずっと求めていたのは、セックスや愛ではなく、共感や理解という彼自身の能力であったかのように。その2つの瞬間の間には、高揚感に震える腹部、危うい相手と遊びながらもお互いに安らぎを見出す友人たち、親密さのないセックス、忘れ去られたマントラ、安全とは何かを知りたいという渇望、そしてサイケデリックとも言える冒険心が描かれている。

「わかっているなら、それでいい。わかっていないなら、それまでだ」と、ハリーはラストトラックで歌う。その声は、トリップから覚めつつあるようでもあり、あるいは3日間続いたパーティーの後で世界一排他的なクラブから出てきたようでもある。潮の満ち引きのようにうねるメロディ、空へと昇っていくビート。そして彼は最後にこう祝福を授ける。「それはすべて、そこで君を待っている」

From Rolling Stone US.

ハリー・スタイルズ

『KISS ALL THE TIME. DISCO, OCCASIONALLY.』

発売中

再生・購入:https://harrystylesjp.lnk.to/KISSCOTW